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金沢市田上公民館ブログ

Kanazawa Tagami Community Center 石川県金沢市田上地区の公民館活動の紹介とご案内、地域のみなさまとの円滑なコミュニケーションの推進のために・・・

若松地区で地蔵祭りが

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若松町の地蔵祭り
 21日の日曜日の夜、今年も若松町と上若松町両町で地蔵祭りが実施されました。両町会の地蔵祭りの歴史は古く、昔からありますお地蔵さんの前で地蔵祭りがおこなわれていますが、道路上で開催されていますのが若松町だけになりましたが、高齢者と親・児童たちも参加しており、良き伝統はこれからも引き継がれていくようで、杜の里小学校の先生も、児童たちにふるさとの歴史と文化を伝えようと出席頂きました。
 なお、若松町の専徳寺正面に鎮座していますお地蔵さんは、今から約480年ほど前の天文元年(1532)、越中(富山)から来た念西という坊さんによって専徳寺が建てられ、その時、念西さん一緒に来た富山の人たちが、自分たちが住んでいたところにあったお宮さんと地蔵尊を若松に持ってきて、向堂(大学への道の右側の崖の中腹にあたります)という所に建てられたもので、明治7年に若松八幡神社を建て替えたときに、向堂にあったお宮さんの神様を八幡神社の建物の中へ合祀(ごうし)しましたが、地蔵さんは向堂にそのままにされていました。それから約30年たった明治36年の夏のこと、若松に住んでいました松尾與三兵衛という人が、三晩続けて同じ夢を見ました。それは地蔵尊が出てきて「わしを人通りの多いところに出してくれ。今は草や木の茂った中にいるので寂しい」と言うのだそうです。
 地蔵尊はどこにいるのかその場所のことを言わなかったのですが、夢の中で見た景色が向堂の様だったので、村人たちと相談し向堂のお宮さんがあった所を探したところ、夢で見たとおりの地蔵尊が見つかりました。そこで若松青年団の方々が草を刈り地蔵尊を洗い清めたあと、青年団の代表の高村さんが、白装束に身を包み、白木綿(しろもめん)でくるんだ地蔵尊を背負って現在の所に持ってきて安置したのです。なお、松尾さんはの子孫はその後ブラジルに渡られて、現在もブラジルに住んでいるそうです。
 この地蔵尊は人が多く通るところに出してもらうことを松尾さんに伝えて、村人の働きで出してもらいました。当時でも現在でも人通りの多いところに立っていて、往来する人々を見守る交通安全の地蔵尊になっています。毎年、夏の最後の日曜日に、若松町の人たちが集まって地蔵さん祭りを実施しています。(若松町・松尾三郎記を関戸が写す)
会館内での上若松町の地蔵祭り

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