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金沢市田上公民館ブログ

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上若松町のお地蔵さんのお話・・・

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上若松町のお地蔵さん
 23日の恒例のお地蔵さん祭りが、若松・上若松両町会で開催され、お地蔵さんの由来やお話を報告しましたが、今回は、上若松町のお地蔵さんのお話です。
【上若松町のお地蔵さん】
 現在杜の里町に建っています蓮華寺は、もう少し前までは若松町の専徳寺の左側にありました。(現在アパートに)
 大正の初め、蓮華寺の住職さんの夢の中に、『わしは長い間、土の中にうずくまり、苦しくてかなわん。わしを掘りだしておくれ』と、お地蔵さんが言われたそうです。そこで床下を1mほど掘り返してみたら、「お地蔵さん」が出てきました。
 若松では、天明(1781年~1789年)の時代に、大きな「地すべり」があったと伝えられていますので、この時に埋まってようです。
住職さんは、寺の中で大切にして、毎日、手をあわせて拝んでいました。その後、住職は変わっていましたが、夢の中にまたあらわれました。『「地蔵さん」はな、道の端に立っていて、そこを通る人が災難にあわないように守るのが役目なんや。どうか、外に出しておくれ』といわれたそうです。
 それからは、お寺の前の、みんなが通る道に安置しました。そのうえ、住職さんは、多くの人に「ごりやく」があるようにと、大正13年(1924)、三体の分身をつくりました。
 その一体が角間町の「お地蔵さん」です。現在の角間新町と金沢大学への道の三差路に移され、現在も通行の安全を見守っています。
 残りの二体は、上若松町と三口新町(陽風園の前)に安置されており、毎日、通る人を見守っています。なお、上若松町でも、8月の終り頃にお地蔵さん祭りが執り行われていますが、ここ2年は、会館の中で開催されています。
 さて、埋まっていました古い「お地蔵さん」は、杜の里の山側環状道路の「若松橋バス乗り場」付近に移されました蓮華寺の前で、通行の安全を見守っています。なお、若松町から角間を通り二俣への道は、「二俣越え」とも呼ばれる古い道で、オコ谷往来とも言われ祈りの道でもあり、二俣までには6・7体のお地蔵さんが多くの旅人を見守っていたようですが、これらお地蔵さんは現在見ることができなくなっています。

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